がらくた


 家賃を払ってない分際なので持ち主にとっては単なるたちの悪い居候と化している俺の
部屋には桃色の頭をした化け物が日々拾ってくるせいで意味のわからないがらくたが日を
追う毎に増えている。廃材置き場に捨ててあるような不細工なマスコットやら割れてしま
ったビー玉やら劣化の始まったゴムボールやら穴の開いたアヒルやらとにかくそういった
ぐちゃぐちゃしたものが俺の魂の化身とも言えるジャンプの山とともに部屋の中に散乱し
ているのだ。まさに支離滅裂。新八が二三日こないだけですぐこれだ。放っておけばやが
てごみ屋敷になってどこかのあほのようにものの重みで床をぶち抜いて下の住人を圧死さ
せる危険性があるので神楽の動向に注意を配りながら飽きたものから捨てていくようには
している。しかし俺の部屋にはえんえんと物が増え続ける。壊れた役に立たないものが増
え続ける。俺には必要のないものが増え続ける。灰皿もそうだ。寝室に一つ。窓際に一つ。
居間の机の上に特大のがひとつ。そしてそのどれもに煙草の死骸が山のように詰まってい
る。どれもこれも俺には必要のないものだ。必要のないはずのものだった。なぜなら俺は
煙草を吸わないからだ。そんなもの一日に一箱も二箱も吸うくらいなら俺は一杯のパフェ
を要求する。あんな苦いものは人間の口に入れるものではない。味もにおいも白い煙のそ
の色も毒そのものだ。それなのに甘党の俺には天敵とも言える煙草を受け入れるためだけ
の器を俺自身が労力を賭して探し出しそして持ち帰るという理不尽ともいえる状況を感受
するにはやはりそれなりの理由があるのだ。 
「煙草」
「あ?」
 それはいつ来るとも知れない愛煙家の依頼者や危険極まりない腐れ縁のイカレテロリス
トのためではなくほかでもない俺とは職業も趣味も性格も全く正反対のそれこそ真の意味
で天敵というべきこの男のためなのだ。全く訳がわからな過ぎる。まったく支離滅裂なの
だ。
「吸いすぎ」
「うるせぇ」
「なぁ、」
「なんだよ」
「なんでもない」
 そんなもん吸ってないで俺のほう向いてなんて言えやしない。神楽のがらくたと同じで
こいつの持っている煙草を捨てさせるには待ち続ける根気強さとタイミングを逃さない注
意力が必要なのだ。好きすぎてバカみたい、とは確か何かの歌の歌詞だっただろうか。ど
うしてこんな奴がすきなのか全く意味がわからない。意味がわからないほどに好きだ。な
んだそりゃ。あまりに散らかりすぎて収拾がつかなくなったせいで感覚でも麻痺してしま
ったのだろうか。そう、エントロピーだ。確かそんな言葉だったような気がする。しまい
には何もかもがバラバラになって散らかりすぎて世界は終わってしまうのだ。きっと俺の
頭も散らかった部屋に長居しすぎたせいでどこか終わってしまったに違いない。
「土方ァ」
「あん?」
「一人でいるより二人っきりでいるほうが寂しいって、これどういうこと」
 自分じゃ使いもしない灰皿をわざわざ拾ったりもらったりまでして置いてやってるけな
げな俺は一体どうなるの。ひとりでグルグルしている俺の気持ちなんざ全く無関心で彼は
煙草を吸っている。じりじりと音を立てて肺一杯毒を吸い込んでは気持ちよく吐き出すと、 


 それよりお前こそ、さっきからぶつぶつぶつぶつ独り言言いやがって気色悪ィんだよ、
さっきから意味のわかんねぇひとり語りばっかでうるせぇんだよ、そのまま続けるくらい
なら俺は帰るぜ。 


 失敗した。どうやら彼に聞こえていたらしい。灰皿を引き寄せる横顔は少し赤い。何そ
れそんなの反則じゃないか。悪いのはお前だよ。だってお前が俺にかまわないで煙草ばっ
か吸ってるから、それにうるさいのは俺じゃなくて俺の脳みそだもん。


「はぁ?……まあお前の脳みそじゃな」
 フンと一つ鼻で笑うと彼はようやく煙草をもみ消してにやりと笑った顔のまま俺のほう
をまっすぐ向いた。ちょっとそれどういう意味、納得されても困るんだけど。食って掛か
っても全く意味がない。なんせ俺の頭の中は支離滅裂な上にそんな顔したこいつにはどう
したってかなわないからだ。皮肉に笑う唇に触れると誘うように彼の手が俺の頭の添えら
れた。何だこの人なんだかんだで乗り気じゃないか。導かれるままに唇を重ねたあとはそ
のままソファに。がたりとテーブルが動いたので横目で見ると灰皿の位置がずれて死骸が
いくつかこぼれてしまっていた。ここにもがらくたが。これ後で片付けるの新八なんだろ
ーなと一瞬思ったが予想される小言にうんざりするまもなく彼の中を暴き立てる行為に熱
中し始める。全く誰も彼もが散らかしっぱなしで支離滅裂だ。
 こうしてエントロピーは増大する。増大し続ける。俺の世界は壊れてゆく。