終業後、きらきらしい店内をぼんやりと照らす重厚なようで安っぽいつくりのシ
ャンデリアを見ながらしばし呆然とした。まだまだ入りたてで下位の男たちが慌し
く飲みかけのグラスだとか死にかけた花だとかを片付けているのを横目に見ながら
やたら豪奢なソファに身を委ねる。さっさと着替えて出て行きたいのだがそれがで
きないでいるのは何故だろうと考えかけてあまりにも馬鹿馬鹿しい、俺が馬鹿馬鹿
しい存在でしかなくなる結論にたどり着きかけてやめた。今日最後に入った馴染み
の客の恐らく何気なく大した意味もなく放ったであろう一言が耳の奥に突き刺さっ
て離れない。あなたこいをしてるでしょう、だってすごくいきいきとしてるのよ、
やいちゃうわ。そのときは何にも思わずにそのままさらっと作り笑いでそれはあな
たにですよと返しておいたが後になって体のどこかが痛む。もしかしたら体じゃな
いかもしれない。人間の体を構成してる部分の中でもっとも厄介でややこしいとこ
ろが痛んでそれが体に出てしまっているのかもしれない。現にその部位を特定でき
ていないじゃないか。もしかしたらただ単に酔いがまわって痛みが拡散しているの
かもしれないが呂律も回っていたし意識も割とはっきりしてるし漠然と胸の辺りと
目の奥が熱くて痛いのがわかってしまって辟易した。俺は俺自身で俺の中身を暴く
作業が好きではない。思考の先端が奥深い部分にもぐりこむにつれて俺が惨めでど
うしようもない存在だと再認識するのが辛いからだ。他人と親しくするのもあまり
得意ではない。くだらない自尊心が俺を惨めに見せるのを嫌がって嘘まではつかな
いものの言いたくないことは言わないことで俺を粉飾し耳をふさぎ会話の中で俺が
傷つくのを防ぐからだ。当然そんなことでは付き合いは長く続かないわ避けられる
わで古くからの知人しか俺のことを知らない。俺のことは俺の世界に取り込んでも
俺を傷つけない人間しか知らない。本当は誰かと親しくなりたいと思っている俺が
いてそれを自覚するたびに吐き気がするほどの自己嫌悪と誰かにぶちまけてしまい
たい衝動に駆られて結局で傷に自己嫌悪が溜まっていくループ、にはまり込んでい
る、が、抜け出して傷つくのが恐ろしくて抜け出したくない。だからある意味ホス
ト自体はそこまで苦痛じゃなかった、はずだ。少なくともあいつが話しかけて来る
までは。お世辞にもきりっとしているとはいえない顔立ちだが地毛だと言い張る金
髪は妙に黒いスーツに似合っている。口数は多いから言葉巧みに飾りたてているの
かと思えばその中にはしっかりとした価値観が織り込まれていて傷つきやすいだろ
うに実は本心がむき出しだ。やる気がないのもだらしがないのもむき出しなのにそ
のままの形で受け入れられているあいつが俺は羨ましくて仕方がなくって嫌いだっ
た。なのに今ではあいつの目が欲しいあいつの手が欲しいあいつの声が欲しいあい
つがあいつがあいつが。何時ものとおりそれは殻の中にしまっておいたはずなのに
それをあっさり言い当てられたせいで全てが揺らいでしまった。指摘されて避け続
けていた結論を目の前に突きつけられてしまった。決して今までではありえないこ
となのにあいつの前に全てをさらけ出したいと思ってしまった。だのに世間の目と
いう言い訳が俺を繋いで離さない。性別職業性格職場年齢なにもかも投げ出してし
まいたいのにそれをしない。行き場をなくした衝動は殻の中にこもるばかりで頭を
ぐらぐらと揺らすが行動できずにこのままぬるま湯に浸り続けることを選択した、
が、俺の本心はどこだ、結局、俺は、どうしたい?結論の出ない思考に浸っている
と体がぐあーんとまわって内臓を押し出そうとするのでトイレに駆け込んで吐き出
した。やはりかなり酔っているのだ。掃除中の後輩は驚いて駆け寄ってきたが大丈
夫だといって追い払う。純粋に心配しているようだったから邪険にするのは申し訳
なかったが仕方がない。俺が勝手にはまり込んだだけなのだから俺が処理しなけれ
ばならない、俺の中身をさらけ出してしまう前に。伝えられない本心を吐き出すか
のように便器の中に流し込む。渦を描いて流れる汚物は黄ばんで汚い、これは、腐
ってしまった俺の純粋だろうか。誰かが近づいてくるのが足音でわかったが顔を見
られたくなくて振り向けない、自分で思っているより重症のようだ。だいじょうぶ
?なんて声をかけられてその正体があいつだとわかって歓喜と恐怖に体が震えるの
を感じた。反射的に体がすくんでしまう。あいつの手が俺の背中を優しく撫でる。
荒く息をしながら少し顔を上げると生理的なものか感情なのか何だか欲わからない
水が目からぼろぼろと流れた。もうちょっとしたららくになるから、な。子供にす
るように優しく上下するその手を何よりも愛し何よりも憎む。やさしくしないでく
れ、触れないでくれ、その手がその声が何より俺を惨めな生き物にする。期待して
しまうじゃないか、少しでも彼の特別になったと、自惚れてしまうじゃないか。お
前のせいで感情が渦巻いて余計に気分が悪くなるんだ。だから触らないでくれ。た
だの汚い責任転嫁だとしても、俺は、このまま生きていくことしかできないんだ。