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不燃ごみたちの会話


 
 屋上からひっきりなしに調子っぱずれのギターの音が聞こえる、たんたらんたら
んと続くフレーズは俺にとっては耳に馴染んだものではあるがそんなに有名なもの
ではない、それに微妙にコードがずれてる、あ、またとちった。音の主への興味も
あって屋上への扉を開くと心地よい風が髪を揺らしてさっきよりもよりはっきりと
ギターの音を運んできた。ポケットから隠しておいた煙草を一本取り出して火をつ
ける。くそつまんねぇ授業をふけて吸う煙草ってのは何でこんなにうまいんだろ、
なんて思いながらも一向に歪のとれないギターの音に眉をしかめる。押さえて叩く
だけで爪弾くほどでもないくらいの単純なフレーズなのになんでこうも下手くそに
弾けるのかわからない、とかいいながら実は俺も弾き始めはこんなだったなと少し
苦笑する。日々のたゆまぬ努力のおかげでようやく人に聞かせられる程度にはなっ
ているがまだうまいなんて自負できるレベルでは到底ないがそれでも初めよりは大
分かましになっている。多分。技術云々よりもよっぽどとちらなければどかーんと
弾いちまったほうが客もノルし俺も楽しいなんて手抜きの方法も覚えちまったけど。
当然ドアを開けてすぐ人目に付く場所で練習なんてしているはずはなくて音を辿っ
ていくと給水塔の陰になっている場所から赤っぽい黒髪の男が俯いてギターを抱え
ているのが少しだけ見えた。あれ、うそ、まじで、あれ高杉じゃネェの。泣く子も
黙る、なんて古臭い表現が似合っちまうほど目つきの悪い眼帯がなんでこんなとこ
ろでしかも、夢の島、なんて弾いてんの。あまりのミスマッチ加減とありえなさで
煙草を落としそうになってあわててあっちっちと拾い上げるが当の高杉はヘッドホ
ンから流れる音によっぽど夢中なのか俺にちっとも気づかない。しめた、やった、
触らぬ神に祟りなしと言うしここは一発無視してとっととずらかろうと思ったのに
こんなときにばかり神様ってやつは善良な市民に味方しない(煙草吸ってるコーコ
ーセーが善良かどうかはこの際置いておく)。天頂から少しずれた辺りにある太陽
のせいでぐにょーんと延びた俺の影が目に入ったのかギターを弾いていた手を止め
高杉は顔を上げてしまった。ファッキン神様そりゃないよ。音がしそうなくらい綺
麗に釣りあがった目が俺を捕らえる。ちょっとだけ目を見開いてすぐにばつが悪そ
うにそらされたが一瞬でもその目に捉えられてしまって内心焦る。が、意外にも何
も言ってこない。みてんじゃねーとも出て行けとも言わないで黙ったままだ。ぶあ、
と先より強い風が吹いて無音をかき消してはくれるが見つけてしまった秘密に黙っ
たままなのに何だかいたたまれなくてとりあえず口を開いてしまった。
「よぉ」
「おう」
「何弾いてんの」
 ややあってぼそりと夢の島、と高杉は答える。別に曲名なんざ知ってるし正直係
わり合いになりたい相手ではないはずなのに俺の口は勝手に言葉をつむぎ出す。し
ゃべったこともないのに噂だけで判断するのはやっぱりまずいかなと思ったのもま
ああったんだけど。とはいうもののそのあとどう言葉を繋いでいいんだか結局よく
わからなくて何となく高杉と向かい合うようにして座ると高杉は弦を押さえていた
左手を握ったり開いたりしている。長い時間引いてると最初は手が痛くなるんだよ
な。だんだん手の皮が硬くなって痛くなくなるんだけど。それよりも弾いていたの
を邪魔してしまったことを申し訳なく思って続き、弾けば、とか言って促してみた。
遠慮がちに始める音はやっぱり不安定でちょっと外れていたけどそれはご愛嬌。誰
でも最初はそんなもんだしやっぱり邪魔したのは悪いと思うし。たんたんたららん
たんと鳴る音にあわせて俺は夢の島のメロディを乗せてみる。ボーカルは本業じゃ
ないんだけど。俺がこの曲を知っていたことに驚いたのか必死でコードを追いかけ
ていた眼をがばっとあげて俺を見た。当然演奏はとまってしまうしばっちし目線が
あってしまって何だか恥ずかしくて今度は俺が目を逸らす羽目になる。
「な、なんだよ」
「……へたくそ」
「てめーが言えた義理かよ!貸せ、そんなに言うなら今度はお前が歌えよ!」
 高杉のギターを奪い取ってコードを確認して少しだけチューニング。ピックを受
け取ろうと差し出した俺の手とそう変わらない大きさの手にドキッとする(何でだ!)
耳コピで適当ではあるがさっきの高杉よりはかなりマシ(だと思う)に演奏を始め
ると伸びやかで男の俺でも惚れそうなくらいの声で高杉は歌ってゆく。もえてきえ
ないごみたちとくちてゆきたいよ、きらきらしたゆめのしまいっしょにいこう。悔
しいけどうまい。それに気持ちいい。気づかなかったけれどこいつの歌っていると
きの声が俺の好みのせいかもしれない。ぼんやりとこいつと一緒にバンドを組めた
らどんなにか楽しいだろうと思う。
「上手いな」
 それが俺のギターの腕についての感想だとわかって顔が熱くなる。そうか?なんて
答えてみても、気恥ずかしさよりも劣等感のほうが大きい。だって別に俺は上手く
なんてない。今一緒にバンド組んでるやつのほうが手がでかいせいだろうがベース
のくせに俺より上手い。それが悔しくて毎日がむしゃらに練習してんだけどな。何
でギターなんか弾いてんの、その疑問に高杉は何となく、暇だったからと答えた。
暇でなんでギターが手元にあるんだよと思ったがそこは突っ込まずに黙って高杉を
見ていると、やっぱり気まずいのかふいと視線を逸らしてしまった。黙ってるのは
普段なら別に苦痛ではないのにこいつ相手だとなぜか言葉を捜してしまう。あんな
声であんな感情を込めて歌うやつとの関係をここで断ち切ってしまうことを惜しく
思っているのかもしれない。うまいよ俺より断然、そりゃそうだろ初心者、うるせ
ーよ。下を向いて高杉が笑うと髪の隙間からでかいかさぶたが見えた。やっぱり噂
は本当らしかったがやっぱりどうでもいーやと思う俺に驚いた。口が勝手に言葉を
つむぐ。俺っておしゃべりキャラじゃないはずなんだけど。
「暇ならさ、また聴かせろよ。もっと練習してさ、弾きながら歌えよ。俺も教える
し。俺が弾いてもいいし。お前絶対もっと上手くなるからさ、俺もっとお前が歌う
とこ聴きたいよ」
「何だそれ」
 高杉は顔を上げて苦笑した。細くなった目が猫のようだと思った。俺の言ったこ
とは高杉のギターを聴きたいのか歌を聴きたいのか適当に相槌を打ったのか意味不
明ではあるけれどもっと高杉の声を聴いてみたいというのは本当だ。とりあえずは
こいつと知り合えただけでもいいと思った。



続きません。すみません。選曲は私の好みでPlastic Tree「夢の島」