ここは酒を呑む場所であり健全で成熟されたエロを嗜む大人の店だ。店である以上
は当然客商売なんだが時折いるんだ、困った客という奴が。うちでは滅多にいないが
店の女におさわりをかます客ツケを踏み倒す客酔って暴れる客なんかがそうだ。そう
いう身の程知らずの連中は追徴料金をたんまりいただいた上で丁重にお帰りいただい
ている。そしてこいつらも迷惑な連中の1だ。二人とも既にどこかで酒を呑んできた
のか既にかなり出来上がっている。片割れの派手な頭をしたほうは私の店子で家賃を
2か月分ほどためて挙句私の店で飲み食いした分をツケているくせにどこかで酒を呑
んでくるとはいい度胸だ。それだけ金があるならツケの一つも払えってんだ。もう片
方の男は短く切りそろえた黒髪に音がしそうなほどつりあがった目をしている。どこ
かで見覚えがあると思えば悪名名高いあの真撰組の副長じゃないか。この二人が酒を
呑む仲とは知らなかった。一体どこで知り合ったんだか。どうせろくなことじゃない
だろうけど。注いでやった酒を二人同時に飲み干してたんっとカウンターにたたきつ
けて異口同音。同じのを!何を張り合ってんだか知らないがまるでガキの喧嘩だ。銀
髪のほうはよく知った仲だから仕方のないこととはいえ、副長さんまでがねぇ。それ
にしてもうるさい。うるさくてしかたがない。つまみがどーのこーのマヨネーズがど
ーのこーの大声で怒鳴りあっている。聞くだけで胸が悪くなる話題だ。幸い他の客は
いない(別にこの店が寂れてんじゃないよ。ただ、ちょっとピークの時間から外れて
るだけだ)から放っておいてやってるものの、いつもならとうにたたき出してるとこ
ろだ。丁度退屈な気分だった私に感謝してほしいくらいだ。これで店のものを壊そう
ものならただじゃおかないからね。
くゆらしていた煙草を灰皿に押し付けて新しい1本に火をつける。さっきから副長
さんが物ほしそうな顔をしているので何かと思えば灰皿、だそうだ。びびってんのか
い。一本取り出して火をつける。煙草をくわえた口元とライターを見つめる目元に目
がいってしまった。伏せた目は口元を見つめているようにも見えて色っぽい。真撰組
は粗忽者のイメージが強いが副長さんは色白だし割にいい男じゃないか。私の好みじ
ゃないがね。何杯目か注いでやったところで話題は突然私に振られた。
「なあ、お登瀬よぉ、こいつ俺に愛がほしいとかいうんだぜ」
なんだいそりゃ。突然愛といわれて面食らう。思わずくわえたままの煙草を落とし
てしまってシンクで火が消えた。頭が痛い。馬鹿だ馬鹿だと思っていたがそこまでい
かれているとは。しかもあんた、わかってんのかい。相手は真撰組副長だろう。それ
が、愛って。それが言うに事欠いて愛って。
「ばっかじゃねぇのてめぇ!」
副長さんは鬼のような形相をして怒鳴り返すがその顔は酒のせいだけじゃなく赤い。
生娘みたいな反応じゃないか。それでは肯定しているのと同じだ。馬鹿馬鹿しさで全
身を脱力感が襲う。全く飽きない連中だよ。とはいえ店の入り口に人影が見えてそろ
そろ追い出したほうがいいかと思う。いくらなんでも騒ぎすぎだ。
「この前お前愛が欲しいって言ってたじゃん!」
「ってねぇよ!」
「言ったし!ホラ、もっと優しくしろって!」
「確かに言ったけど!どう脳内変換したら愛になるんだよ!てめーのどたまかち割っ
て脳みその色見てやろうか!」
「ほら言ってんじゃん!」
「ちげーし!それはてめーの扱いがあまりにつめてーからだろ!」
「どこがだよ!愛に溢れてんじゃん!」
「それこそどこがだよ!」
「もういい、そんなにわかんねぇなら今から分からせてやる。来いよ。明日はオフな
んだろ?あ、ここのお会計よろしくね。ついでにツケも」
「そういうところだァァァア!」
追い出す手間が省けたとはいえ最後まで聞いてしまって正直げんなりする。ああそ
うかい、つまりは犬も食わない、ってやつだ。副長さんはかっかしながらも結局今呑
んだ代金を出して釣りの分は奴のツケの代金だと言い置いて銀時を追いかけていった。
……いい女房じゃないか。しかし副長さんもあんな男に惚れるなんて全くご愁傷様と
しか言いようがない。いい男なんだけど駄目な男の代表格だ。それでも互いが幸せな
ら外からとやかく言うもんじゃない。扉の向こうで待てやぁ!と叫ぶ声が聞こえる。
結局そのままなだれこむんだろうねぇ。全くどちらもどうしようもない。
溜息をつくと同時に店の扉が開いた。さえないオッサンが同僚らしい男を連れて入
ってきた。いらっしゃい。ご注文は。その客は奇しくもさっきの二人と同じ酒を注文
した。思わず顔をしかめると、どうしたお登瀬さん、今日はやけに機嫌がいいね、客
は言いながら灰皿を催促する。どうやら顔をしかめたつもりで笑っていたらしい。結
局、私はあの子の幸せを願っているんだ。馬鹿な恋人たちに幸あれ。がらにもなく居
もしない神に祈ってしまった。