明るく狂う日



 「アホかぁァァア!」
 例によって例のごとく俺の恋人(多分)は虫の居所が悪いらしい。ちょっとセクハ
ラしただけなのにキレて暴れて近づきようがない。お前はヒステリー起こした女か。
さすがに限度はわきまえているようだがその辺にあるものを手当たり次第につかんで
は投げつけてくる。そりゃちょーっと行き過ぎて邪魔してみたり過剰に接触したり押
し倒したりしたからちょっとは俺が悪いのかなと思ったり思わなかったりやっぱり思
ってないんだけど好きなんだもんしょうがないだろ。久しぶりに会ったっていうのに
蜜月はどこよ。ありえない速度で勢いよくクッションがとんでくる。余裕で避けたら
ばすんと音がしてどこかに当たったようだが今土方から目線を外すのは危険なので確
かめようがない。間髪いれずに今度は土方が使っていた湯飲みが飛んできて俺の額に
当たった。直撃。そのままソファの上に落下する。痛い。これはちょっと痛いぞ。や
っぱし俺が悪かったかなーとか思ってたから口では応戦していたものの手は出さなか
ったのにこれはない。(俺が)危ないから外させた刀はデスクのほうにあって抜刀す
らしていないものの隙あらば取りに行こうとちらちらそちらに目をやっている。喧嘩
一つに命がけってどうよ。箍が外れかかってる土方にさすがに俺もキレて飲みかけだ
ったいちごみるくのパックを力いっぱい投げつけた。
 すぱぁあんと景気のいい音がしてパックは土方の顔面に直撃する。ちょっと角のひ
しゃげたそれは中身を撒き散らしながら床に転がった。土方の黒い着流しに白くしみ
が出来ている。なにしやがるとか汚れたじゃねぇかとかいつものように反撃してくる
と思って身構えていたのだがなにやら様子がおかしい。土方は右目のあたりを押さえ
てうなっている。まずったか。それも盛大に。ろくに照準も合わせずに投げたものだ
からまずいところに当たってしまったのかもしれない。それも全力で。そのまま土方
は手探りでソファに近寄って座り込む。目に、当たったのか。瞬間、ざあっと音がし
て全身の血が引いてゆく。
 ただいつも通り喧嘩していただけなのにそのせいで彼の右目が壊れたかもしれない
なんて。
「お、おい!大丈夫かよ!」
「うるせぇ」
 様子を見ようと伸ばした手を払われる。右目からはぼろぼろと涙が零れ続けていた。
痛みのせいか左目にもうっすら涙が浮かんでいる。うるせぇじゃねぇよ馬鹿!
「なんて顔してんだよ」
 必死になってる俺を見て土方はわずかに苦笑する。思ったより声は平静で、でも目
の様子が気になった。
「や、だって」
「目には当たってネェ。中身が目に入っただけだ、ほら」
 押さえていた手を外すと額に赤い痕が出来ていたが目はなんともなっていない。脂
肪の膜が張って見難いのか眼を細めたり瞬きを繰り返しているがそれ以外に異常は見
当たらなかった。さすがに直撃は避けれていたようで、知らずつめていた息を吐き出
した。安心で全身が脱力するのがわかってかなり緊張していたらしい。ごめん、と謝
るといい、まだ痛ぇけどなと返してくれた。どうやら機嫌は直ったらしい。自然と口
が勝手に軽口を言い始める。これも悪いくせの一つだ。
「もう牛乳パックは投げねぇ……」
「そういう問題かよ。その前にそのセクハラ癖を直せ」
「それは無理」
 だって好きなんだもん。安心したついでに抱きしめると今度は抵抗もなくすんなり
腕におさまってくれた。さっきは行き過ぎたけどやっぱりこいつにも喧嘩はコミュニ
ケーション手段の1として認識されているらしくて懲りない土方に(俺もだけど)呆
れる。頭からひっかぶったいちごみるくが服にしみて冷たい。
「汚れるだろ、離せ」
「今更」
 ゆるく開いた着物の合わせを開く。土方の白い肌がしっとりと濡れていてなんとい
うかこれは相当エロい。いつもの紫煙の臭いも嫌いじゃないが全身から甘い臭いが立
ち上っている。まあ、俺のせいなんだけど。
「だから、離せって」
 べしと俺の頭をはたいてタオルを取りに行こうと向こうを向いた。上は肌蹴たまま
だから無防備なうなじが目の前に晒される。砂糖のように白くて甘そうだ。そこに釘
付けになったまま目が離せない。思わず腕をつかんでソファに引き戻した。おい、と
やんわり拒絶されるがその声は笑っている。
 ああ、喘がせてぇな。
「不穏なこと言ってんじゃねぇよ」
「あ、聞こえた?」
「うなじ撫でられながら言われりゃさすがに……」
 くすぐったいのか土方は身をすくませる。衝動に任せてうなじに噛み付いて痕を残
した。赤い痕はじわりと広がっていつまでもそこに残る。赤い花を押し付けたあとの
ようだと思った。顔に触れる黒髪がくすぐったい。そのままべっ甲のような艶を持っ
た髪をさりと口に含んだ。
「甘くねぇ……」
「甘いわけあるか。馬鹿じゃねぇの」
「だって美味そうだったんだもん」
 なんだそりゃ。ようやく土方がこちらを向いてくれたので口づける。甘いにおいが
しているのに口の中はいつも通り苦かった。



気持ち悪いくらい甘い。結末とか全然違いますがアースキンコードウェルの
「Strawberry Season」を読んで思いつきました。