ズタズタ


 私は銀ちゃんを知っている。銀ちゃんの過去だとかそういう難しいものは知らないけど、くるくるしていて冷たい色をしている頭が柔らかくて温かくて気持ちいいことや、眠れないときに頭をなでてくれる手が大きくてやさしいことや、いつもだるそうに丸まっている背中がしゃんと伸びていて、大きくて温かいことや、髪の長い女の子が店員さんをしている喫茶店のパフェが大好きで3日に一度は食べにいってることや、けんかしたり文句ばっかり言ってるけど銀ちゃんは銀ちゃんの友達だとか銀ちゃんを頼ってたり銀ちゃんを甘やかしたり銀ちゃんに甘やかされてる人たちのことが本当に大好きで、その長くて大きな手の中から一つもこぼさないように大事にしていることを知っている。そしてその中に私も入っていることをとてもうれしく思うし、幸せなことだと思う。
 だけど私が銀ちゃんの一番じゃないことも知っている。銀ちゃんに聞けば好きだと言ってくれるけど、そんな言葉は私の欲しい言葉じゃない。もっとたくさんぎゅってして欲しいし、もっとたくさん一緒に居たい。銀ちゃんはたくさん笑うけど、あの人の前でするような顔では笑わない。あんな優しい顔では笑わない。あんなに楽しそうにけんかはしない。あの人が帰るときにちょっとだけ寂しそうな顔をする銀ちゃんを、いつも背中を向けたまま帰ってしまうあの人は知っているだろうか。あんな顔をする銀ちゃんを私は知らない。

 町を歩いているとよくあの人に会う。私は会いたくないのにあってしまう。そのたびに私は私から銀ちゃんを取らないで、といいたくなるけど、私は銀ちゃんが大好きだから今のところ言わないことになっている。だけど本当は。

 私から銀ちゃんを取らないで。
 私から銀ちゃんを奪わないで。

 私の手は今のところ、ゼロかイチしか知らない。だから、いつかあの人のことをゼロにしてしまいそうで少しだけ怖い。私が怖いのはあの人がゼロになることじゃなくて、あの人をゼロにしたときに銀ちゃんがどんな顔をするのかそれを考えるのがとても怖い。泣くのだろうか。怒るのだろうか。それが私がしたことだと知ったとき、銀ちゃんはあの鋭くて冷たい火の灯った目で私のことを見るのだろうか。そのときだけは、私のことだけを見てくれるのだろうか。情とか悲しみだとか、そんなものの混じっていない一つだけの冷たい純粋な気持ちで私のことを見てくれるのだろうか。 

 今日の銀ちゃんは少しだけうきうきしている。居間に差し込む光で銀ちゃんのくるくるした頭がきらきら光ってとても綺麗だと思った。だけど、銀ちゃんはここにいるのに、銀ちゃんの心は私じゃなくてあの人のところにあるのがわかって面白くなかったから、手近にあったゴムボールを銀ちゃんに投げつけてやったら変な格好でひっくり返って何かうなった。銀ちゃんは怒っていたけどそれでもいつもよりちょっとだけ機嫌がよくってやっぱり面白くない。
 ああ、哀しくて愛しくて頭がくらくらする。
 あまりの恋しさで目が回って、私の心は擦り切れる。擦り切れてしまう。
 今日もうきうきした銀ちゃんの背中を、いつもと同じ顔をして送り出す。 

「いってらっしゃい。」 

銀ちゃんは片手を上げて、振り返らずに行ってしまった。