底に葬る 唇に何か熱くて柔らかいものが押し付けられる。少し離れたところに座って煙草を 吸っていたはずの土方は今俺の両足をまたぐ格好で口付けていた。俺が状況を理解し たときには既に離れてしまっていて、驚いて見上げた彼の表情はかつてないほどの笑 顔だった。顔に添えられた手が関節だけ熱を持ったようにじんわりと熱い。窓の外で はビルの合間を縫って轟轟と風が吹いている。かろうじて見える空は濃い青色をして いて次々と白い雲を吹き散らしていた。強い風に吹き散らされたのか珍しく排ガスの 臭いがしない。心地よい初夏の日だった。久しぶりに会ったと思えば真昼間から何を しているんだか。とは言ってみてもどうせ初めからそのつもりではいたのだが。近づ いた顔に手を添えるとやはり熱を持って熱かった。 「なんだ、珍しく大人しいじゃねぇか、気持ち悪ィ」 少し唇を離して小さな声で独り言のように呟いた。熱っぽい息を吐いてまた口付け てくつくつ笑う。その声は高熱のせいか少しかすれて苦しげで、ともすれば喘いでい るようにも聞こえてひどく扇情的だった。白い首筋に手を這わせて、大体39度くら いあるだろうかと思う。土方が発熱していることに気づいたのは非番だという彼を捕 まえてねぐらに連れ込んで、女将に茶だの菓子だの用意させてから、たっぷり1時間 ほど経ってからだった。その歩き方もしゃべり方も普段と同じで、先ほど触れられる まで熱があるなどとは思いもしなかった。 乾いた掌、少し熱い呼気。腕を取って脈をみると普段より弱く速い速度で彼がここ にいることを知らせていた。熱があるのかと訊くと、彼は全く表情を変えない平坦な 声で、そうなんだ、と簡潔に答えた。その割に顔色はいつもと変わらぬ透き通った白 で、俺の体を探るその手を止めない。 「土方」 制するつもりで呼びかけると、土方はしたいんだよと少しの恥ずかしげもなしに答 えるからぎょっとして思わずその顔を凝視する。その間も帯を解こうとする右手をつ かんで左の肩を押し戻す。筋力に任せて少しずつその動きを奪ってゆくと盛大に顔を しかめてみせた。何で、と掠れた声で呟くからざわつく本能を押さえ込んで溜息をつ いた。おいおい。 「熱、下がってからならしてやるから」 瞬間、動きを止めて土方は小さな声で笑い出した。苦しそうな声だと思った。 俺は土方を傷つけたくなかった。優しく触れて甘やかしてどろどろにしてやりたか った。今まで誰にも抱いたことのない感情だった。だのにいつも土方はその手を拒絶 する。慣れていないというよりは何かに怯えているようだった。手負いの獣のような 男だ。その表現は土方よりも俺のほうが似合っているはずだったのに。 一瞬考えに沈んでいる間に乱暴に手を解かれて帯を解かれる。一瞬の躊躇もなくそ こにたどり着くとそのまま咥内に導かれた。その一瞬で諦めて脱力する。受け入れて しまえばそれは快楽以外の何者でもなかった。丁寧に追い上げていく彼の赤い舌から 視線を逸らして行き着いた先は開け放した窓だった。空はどこまでも高く、全てを飲 み込みそうな色をしていた。 徐々に堆積を増やして行く俺を土方は一心不乱の様子で舐めていた。その息が熱い のは高熱のせいか興奮のせいかもはや判別はつかない。俺に抱かれるときいつでも土 方は苦しそうだった。そうされることを望んでいるから俺は決まって乱暴に振舞った。 嬲られて開かされて突っ込まれて、ひどく苦しそうにうめくように喘ぐ。それはそれ で楽しくはあったが、一度でいいから優しく土方に触れてみたかった。できるだけ、 できるだけ優しく土方の髪を梳く。普段なら嫌がって振り払われてしまう筈だが今日 だけはわずかに身じろぐだけで好きにさせてくれる。触り心地のいい髪も薄い皮膚も その首筋もとても愛しいものに感じた。先端だけを舐めながら茎を両手で愛撫する。 薄い頭皮も日に焼けていないうなじも掌も驚くほど熱いのに指先だけが冷たかった。 全身の血液が全てそこに集まっていくように感じた。土方の帯を解いて後ろのつぼみ を優しく辿ると一瞬口を離して体を震わせる。唾液を絡ませた指をそこに入れてかき 回すとたまらないといった様子で熱い息をこぼした。睦言や気遣いには程遠いのに俺 も土方もこういうことばかりに慣れていく。俺はもっとこいつを大切にしたいのにい つでもそれは許されないことだった。一つだけようやくそういう存在を見つけられた というのに。 そっと溜息をつくと気づいた土方が顔を上げた。その顔は白く発熱しているように も欲情しているようにも見えないのに彼は仕草だけで俺を誘った。起き上がることで 着物が肌蹴てまだ完全に立ち上がってない彼が見えた。 「どうする」 何を、と感情の伺えない声で呟く彼に指差すだけでそれを示すと土方はそのまま俺 の上に乗った。 「いい。もういれろ」 吐息とともに呟いてそのまま腰を落とそうとするのでそれを静止して、腰をつかん でゆっくりと落としてゆく。あ、あ、あと虚ろな目で苦しげに俺を受け入れた。土方 の自重もあって思ったより深くに到達する。解したとはいえまだきついそこに慣れる まで息を整えようとするがそのまま乱暴に動こうとする土方に舌打ちを一つしてゆっ くりと深く突いてやる。眉をひそめているその顔を美しいと思った。 「たかすぎ」 舌足らずな声で呼ばれて一旦動きを止めると土方は俺の頭に腕を回してそっと口付 けた。 「たかすぎ」 「何だよ」 「やさしくしろ」 ぽつりと呟かれた言葉に表情を確かめようとするが頭を強く抱かれてそれは叶わな かった。動き始めると土方は俺の頭をぐしゃぐしゃにかき回した。淡白な彼はあから さまに快感を表現することはあまりなかったがこの行為が彼に苦痛のみを与えている わけではないことに安心する。左目を隠していた包帯が緩んでぱらりと落ちる音がど こかで聞こえた気がした。ぼんやりと輪郭のぼけた世界が急に混ざって頭がおかしく なりそうだった。優しくしろ。何て声を出すのだろう。今まで聞いたことのないとて も寂しい声だと思った。行為の間中土方は白く濁った俺の目に何度も何度も口付けて いた。普段何もしていないときに土方は包帯の上から俺の左目を辿るように触れてい たことを思い出した。 好きだといいたくて優しくしたくてでも、様々なものに邪魔をされて何一ついえな かった。手を差し伸べた途端離れていくようなそんな人間だった。土方は眉をひそめ て喘いでいた。少しだけ赤みが差してようやく人間らしい顔をしていた。お互い限界 が近い。果てるその最後の瞬間、何度も名前を呼ぶ間に好きだという一言を紛れ込ま せてようやく伝えることができた。 終わってから土方の体を清めて布団に寝かせると薄目を開けた土方は俺の頭を引き 寄せてまだ晒したままだった左目の瞼に口付けた。 「そこかよ」 むっとした顔を作って土方を覗き込むと薄く笑ってずっとそれが欲しかったんだと 呟いた。土方の手は何度も何度もそこを辿る。まだ愛撫が続いているように感じた。 その赤子のような無邪気な笑みに心臓をわしづかみにされて体中がざわついた。何て 顔をしているんだと思う。髪を梳いてやるとなぜか安心したような悲しいような顔を して彼は眠りについた。ああ、誰かこいつにもっと生きやすい方法を教えてやってく れ。眠りについた土方をとても愛しく悲しい生き物に思った。 数時間経って土方が目を覚ました頃には既に日は暮れて、あたりのネオンの光が間 接的に部屋の中を照らしていた。手元の明かりだけで酌をしていた俺は最初、彼が起 きだしたことに気づかなかった。 「なあ高杉、俺お前とセックスしたか?」 「知るか」 おかしなことに土方は高熱に浮かされていたときのことを全く覚えていなかった。 空白の時間に首を傾げて布団の中でうなっていた。体温計で熱を測るように言ったの だが、見ると余計具合が悪くなると訳の分からないことを言って結局正確なところは わからないままだ。ひたりと触れた額は行為をする前より随分と落ち着いた温度をし ていたがまだ微熱があるようだった。そのまま髪を梳こうとすると、なんだお前優し くすんなと振り払われてしまって苦笑する。ああ、馬鹿な奴。お前俺とセックスして る間ずっと優しくしろって言ってたのに。 土方は包帯を巻いた俺の目に触れようとはしなかったし、それが欲しいとも言わな かった。俺は何か言おうと口を開いたが、結局何も言えずに酒を喉の奥に流し込んだ。 |