ツメタイヒカリ
冬の、空気が乾燥した日は煙草がうまい。 苦い、きつい、くさいと最悪の代名詞が3つそろった毒の煙を肺一杯きつく吸い込んで 土方は空を見た。本日も晴天。空には雲ひとつなくさんさんと日が降り注いでいるが、空 気は今ひとつ温まりきらないでいる。しかし、全身を黒で統一している土方にとっては少 し熱いくらいだ。息を止める。重たい煙が肺を汚す。そのまま煙を一筋、空に向かって吐 き出した。白い煙はすぐに空気中に拡散して見えなくなる。見えなくなるだけで煙はある のだけど、まるでそれが空に溶けてゆくようでとても綺麗だと思った。土方はその瞬間が 好きだった。 「俺はこの瞬間が好きだ」 「ふうん」 隣で寝転んでいた坂田は気のない合いの手を入れるとちらりと視線をよこしただけでま た目を閉じた。甘党で地球に優しい坂田としては、小さな公害のごとくひっきりなしに煙 を吐き出している土方の心情はわからない。 「冬の太陽も好きだ」 「あらそう」 「つめたい空気が好きだ」 「へぇ」 言った瞬間冷たい木枯らしが木々を揺らして土方は少し震えた。いったん脱いでいたコ ートを着ながら「俺は夏よりも冬のほうが好きだな。寒いけど」というと、坂田は「まぁ お前は黒いからな」と呟いた。相変わらず目は閉じたままだ。 「葉が落ちて死んだみたいな木が好きだ」 「うん」 「霜の降りた町もきれいだし」 「うん」 「割れた氷も情緒があっていい」 「うん」 「人も少なくて静かだし」 「俺は?」 初めて合いの手以外の言葉が挟まって坂田を見ると、顔だけこちらに向けて無表情に土 方を見つめていた。土方が黙っていると俺は?ともう一度訊かれた。初めて目が合う。土 方はふいと顔を背けると、新しい一本に火をつけて煙とともに吐き出した。 「……嫌いじゃない」 「お前さ」 坂田は呆れたようにため息をつくと、半身を起こして土方を見た。 「そういう訳のわかんねぇ好きを量産してないで、俺に好きの一言くらい言ったらどう」 「お前は、嫌いじゃねぇよ」 今度は間髪入れずに答えてやった。坂田のほうは見ない。てめぇ、と坂田が低くうなる と、土方は心底楽しそうにくつくつ笑った。 坂田のことは嫌いじゃないのだ。嫌いじゃない。それ以上の言葉を言ってしまったら何 かが終わってしまう気がする。土方は冷たい冬の太陽が好きなのだ。明るいくせに何一つ 温めない太陽がすきなのだ。優しくされたり愛しいといわれたとしても返し方がわからな い。いつも戸惑ってしまう。だから暖かな空気を共有するよりは、こうやって悪態をつき あってるほうが心地いい。 土方はもう一度嫌いじゃないと言うと、体についた草を払って歩き出した。 坂田が追ってこなければいいと思う。 冷たい冬の太陽が、それでも土方だけを暖め続けていた。 |