悲劇は瞼を閉じてしまった



 外は雨。小雨程度だが水は切れるように冷たく、このまま降り続けば夜中に
は雪に変わるだろう。茶店からここまで歩いてくるまでの間にずいぶんと体が
冷えてしまった。傘をたたむとさあさあと薄い屋根を水がたたく音にまじって
複数の人間の声が聞こえる。今日は来客の予定はない。神楽は志村家に泊まる
といって昼ごろ新八と一緒に帰ってしまったし、とすると依頼人か。明かりを
つけていなかったことを思い出して電気をつけると見慣れた黒いブーツが几帳
面に隅に寄せられていた。土方だ。鍵は既に渡してあるし、お互い連絡もなし
にあがりこむこともしばしばあったからそれは日常のことといえた。冷たい雨
に打たれてなえていた心が浮上するのを感じた。
 居間では土方がひとりテレビを見ていた。冬の日は短く、暗く明かりを落と
した部屋でチカチカとブラウン管の光だけが目にうるさい。明かりをつけなけ
れば目に悪いのに。そういえば今はちょうどドラマの再放送の時間だ。土方は
よほど集中してみているのかいつもその口にある煙草はなく、灰皿の容量もま
だ余裕がある。何度も何度も繰り返し再放送されているこのドラマは、それで
も何度見ても飽きることなく感動する。決まりきった台詞、決まりきった展開、
美男美女の悲劇的な恋愛。そんなもの現実にはありやしねぇなんてことはわか
っていても、それでも俺はこのドラマが好きだ。小腹が減ってパフェーを食べ
に行っている間、録画しておかなかったことが悔やまれる。ビデオは動いてい
ない。どうせいるなら撮っておいてくれてもいいのにと思うがそれは言わない。
予約しなかったのもたまたまいなかったのも俺なのだから。
 話は最終話直前、薄くバックに流れる音楽は扇情的で、悲劇的な展開に息を
呑む。画面の中では教師が生徒と別れようとしている。あー、やっぱり綺麗だ
なこの人。結野アナには負けるけど。頭を適当に拭きながら隣に座る。殴られ
るかと思ったがこっちを見もせずにテレビに釘付けだ。途中から観ても退屈な
だけだから暇つぶしに横にあった土方の手を触ってみる。一瞬ぴくっと肩を震
わせたがそれだけで、振り払おうとはしない。そのままぎゅっと手を握ると、
するりと解かれてしまった。面白くなくなってイチゴ牛乳を取りに冷蔵庫へ。
あー、きれてたっけ。コーヒー牛乳でいいや。白い扉を開けると、上の段にコ
ンビニの袋に入ったままの500ミリのイチゴ牛乳のパックがあった。自分で
買ってきた覚えはない。けちな従業員はコンビニでこの手のものは買わないか
らこれは土方の手土産なんだろう。自然と頬が緩む。
 パックから直接飲みながらソファに戻ると丁度エンディングが流れていると
ころだった。十代の高い女の声が優しい旋律を奏でている。土方の表情は変わ
らない。

 と、突然胸倉をつかまれて口付けられた。そのままソファに押し倒されて何
度もついばまれる。あわててテーブルにパックを置いたが少しこぼれてしまっ
た。あーあ、もったいない。土方は相変わらず俺の上でキスを続けている。何
なんだいったい。さっきまでそんなそぶりは全く見せなかったというのに。少
し体を起こして俺からキスをすると、下唇を強く噛んでがばっと体を離した。
 もしかしたら血が出ているかもしれない。痛みに顔をしかめていると、青白
いブラウン管の光に照らされて土方は突然ぼたぼたと涙をこぼし始めた。

「な、なに」

 あわてて体を起こすとそのまま俺にしがみつくようにして抱きついてきた。
困惑。え、なに、俺なんかした?どうしたらいいかわからなくて、とりあえず
土方の背中に手を回した。

「どうしたの」

 彼は泣き顔を見られたくないのかそのままぐりぐりと頭を俺の方に押し付け
る。じんわりと布が水を吸い込んだ。

「どうしたんだよ」

 土方は泣き止まない。声を出さずに涙だけを流している。少し震えていて、
なんだかかわいそうになってしまった俺はゆっくりと背中をなでてやる。

「……ごめん」

 なんで土方が泣いているのか相変わらずわからない。でも俺が悪いことをし
たような気分だったのでとりあえず謝った。本当は顔にキスをして涙をぬぐっ
てやりたいのだけど力いっぱいしがみついてくるのでそれはできない。

「ごめんな」

 仕方がないのでやさしく頭をなでてやる。まるで小さな子供のようだ。子供
にしちゃあずいぶんとがたいはいいけれど。冷えていた体に土方の熱がじんわ
りと移ってくる。しばらくそのままなでていると、細くゆっくりと息を吐いて
泣き止もうとしているようだった。次第にしがみつく力も弱くなって、少しだ
け呼吸がしやすくなる。無理に泣き止もうとなんてしなくてもいいのに。背中
をなでていた手を止めて、今度は俺が土方を抱きしめてやる。それで混乱して
しまった心が落ち着けばいい。わけがわからなくたって俺はそばにいてやるか
ら、お前は普段全然泣いてないんだから、泣いてもいいんだよと言いたかった。
相変わらず外は雨。テレビの中ではやけにコミカルなCMをやっていて、俺は
それをすぐにでも消したかった。







土方は寂しかったんだよ