黒煙 その日、俺はちょっとばかりむしゃくしゃしていたので何となく土方・鬼・十四 朗の煙草を一本だけ拝借して吸ってみた。あの人のまねをして上を向いてふーっと 一息で煙を吐き出す。青空に向かって一途に白い煙が昇っていくのはやっぱり面白 くなかった。昼下がりには隊士は皆昼寝(俺とか夜勤の奴はともかくそれはまずい だろう)か仕事で縁側まで来ることはないので咎められることはまずない。(ま、 俺ってだけで誰も文句は言わねェだろうけど)前にも同じことをしたことがあるの だが、臭いし煙いしむせるし肺活量は下がるし肺は痛くて爛れる思いがしたからそ れ以来肺には入れないようにしている。こんな臭くて苦くてまずいものをなんであ の人は体力と命を削ってまで吸うのか俺には全く理解ができない。煙草を吸ってい ると黒いのが肺につくというけどあの人の肺は真っ黒というよりは吸いすぎで赤く 爛れて腐ってしまっているのではないだろうかと思う。 (その割には元気ですけどねェ) それはただの中毒かもしれないけど、彼ははやく死んでしまいたいのだろうか。 「テメェ、なに吸ってやがる」 突然後ろから声をかけられて振り向くと、絶対ここにはいないだろうと踏んでい た人物がいて驚いてしまった。あんたここで何してんだ、見回りじゃないのか、当 番だろう、相方は、……ああ俺か。後ろの黒い鬼はこの未成年いっちょまえに吸っ てんじゃねぇよ、しかもそれ俺の煙草じゃねぇか、返しやがれなんて喚いているが ことごとく無視していると、殴られるかと思ったが大きなため息をついて俺の横に おとなしく座ってしまった。殴ればいいのにこの人はそれをしない。(どうせ殴っ たって無駄なんだけど。痛くねぇし。)何をするかと思えばそのまま自分の煙草を 一本取り出すと火をつけて吸いはじめた。 「あんたまでなに吸ってんですかィ」 「うるせぇ、テメェの煙草がうつったんだよ」 その手にあるライターと煙草をひったくろうと手を伸ばしたが、あぶねぇだろう がと頭をはたかれた。いつも通り顔をしかめて見せるが眉間の皺は一本。土方さん はじりじりと音を立てて煙を胸いっぱい吸い込むと、気持ちよさそうに一息で吐き 出した。いつも眉間に刻まれてる皺が消えてなくなる。俺とは対照的にこの人の機 嫌はいいらしい。それがやっぱり面白くなくて三分の一ほど燃えてしまった煙草を ぷかぷかふかした。 「そんな浅く吸ったって意味ねぇだろ」 彼は不思議そうな顔で俺のほうを見た。猫のようなしぐさにちょっとだけ心拍数 が上がる。それにしても、未成年に喫煙を勧めるとは何事だ。 「肺に黒いのがつくんでさァ。だから肺には入れやせん」 言った瞬間土方さんは呆れた顔をしてばっかじゃねーのと呟いた。馬鹿とは何だ、 馬鹿とは。好き好んでこんな変なものわざわざ吸ってるあんたのほうがよっぽど馬 鹿じゃないか!俺が何を考えてるかもわからないくせにそれを訊く前にばっさり切 って捨てるなんて! 「馬ァ鹿、黒いのがつくのがいいんじゃねぇか」 フィルターぎりぎりまで吸って吐き出す。何なんだこの人は。何を言ってるんだ。 あんたのその手はもう十分血で汚れきっていて、俺に負けないくらい腹の中も真っ 黒で、それでもまだ汚れたりないというのだろうか。俺はもう十分だ。これ以上汚 れるのなんて真っ平だ。だから汚い処理は全部あんたの手に押し付けてきたってい うのにあんたの上っ面は全く変わらない。道場で俺が一方的にふざけていたあのと きと変わったのはその髪形と、少しごつくなった見た目くらいで俺や近藤さんや昔 からのなじみへの態度は相変わらずだ。なんでこの人は。 突然、横っ面に煙を吹きかけられてむせた。 「なにしやがるんでぃ!」 「はは!お前はそれくらいが丁度いいぜ。なにうじうじ悩んでやがる」 おい、さっさと見回りいくぞ。そう言い残して土方さんは振り返らずに行ってし まった。あとにはねじ消された吸殻と混乱を残して。 何度考えてみてもあの人の言っていた意味がわからない。それくらいが丁度いい、 って何だ。汚れるのがいいって何だ。よくわからない。 まあいいか。どうせ考えたところで土方さんの考えることと同じ考えには至らな い。汚れるのがいいとか、あんたやっぱり変態でさぁ。呟いて、にやりと笑ってみ る。何だかよくわからないが何時もの調子が戻ってきたようだ。癪だが土方さんの もたらした混乱は土方さんによって根こそぎ持っていかれてしまった。晴れ渡る青 空もさっきほど嫌なものじゃない。土方さんに見つかってしまったことだし今更う るさくされるのもなんだから、今頃門の辺りでいらついてるあの人を追いかけて、 たまには大人しく見回りに行ってやろうかと思う。 そしてさっきの言葉を直接吐き出してやろう。きっとさっきの俺みたいに山ほど 眉間に皺を刻んだ土方さんが見れるだろうから。 思春期沖田。不発ですごめんなさい。 |